今回の記事では、がんサバイバーの復職率と就労が心身の健康におよぼす影響について解説します。
最近は外来でがんの治療を受ける患者さんも多くなり、復職や就労というのが、がんサバイバーのトピックスとなっています。
第3期がん対策推進基本計画(2017~2022年度)では、がんとの共生に関する施策の1つとして、がん患者等の就労を含めた社会的な問題が挙げられています。
2018年度診療報酬改定では療養・就労両立支援指導料が設定され、がんサバイバーの療養と就労の両立を臨床医と産業医が共同して支援することが促されています。
このブログでも、がんサバイバーは復職のためには運動をしておいた方がいいことを紹介しましたね。
一方で、前回も紹介したように、がんの治療後に復職や就労に困難を感じているサバイバーも多く存在します。
がんサバイバーの方も医療従事者も、治療後の復職について、しっかりと理解しておく必要がありそうですね。
そこで、今回は、がんサバイバーの復職率と就労が心身の健康におよぼす影響について解説します。
記載内容は、太田 充彦, 蟹江 太朗, 松永 眞章. がんサバイバー労働者の復職率と心身の健康に関する近年のエビデンス. 産業医学レビュー/35 巻 (2022) 1 号 、から引用させていただいております。
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・日本のがんサバイバーの復職率が53.8〜95.2% と報告されている。。
・がんサバイバー労働者の方が就労していないがんサ バイバーよりも抑うつ症状の有病率が低いとは一概に言い難い。
・男女とも、がんサバイバー労働者はがん既往のない労働者に比べて主観的健康感が悪い者と身体的機能の低下がある者の割合が有意に高かった。
・復職後も産業保健専門職が、がんサバイバー労働者の健康の維持・増進につながる支援を継続して行うことが必要である。
日本のがんサバイバーの復職率
2011年に Mehnert は、がんサバイバーの復職率を報告した論文を国際的に収集してシステマティックレ ビューし、63.5%(範囲:24〜94%)のがんサバイバーが復職していることを報告しています。
2018年にPaltrinieriらは、ヨーロ ッパのがんサバイバーの復職率に関するシステマティックレビューを行い、復職率が39〜77% であることを報告しています。
Ota A, Fujisawa A, Kawada K, Yatsuya H: Recent status and methodological quality of return-to-work rates of cancer patients reported in Japan: a systematic review. Int J Environ Res Public Health. 16 (8): 1461. 2019
こちらの図は日本のがんサバイバーの復職率のシステマティックレビューの結果になります。
論文の採用基準は①日本で行われた研究であること、②がん診断が客観的記録(カルテ、診断書)で確認できる者でがん診断時に就労していた者が対象者であること、③復職率が示されていること、④2005~2017年に日本語または英語で公表されていること、です。
その結果、2つの英文論文に加え、11編の和文論文が対象となっています。
これら13編の論文全体では、日本のがんサバイバーの復職率が53.8〜95.2% と報告されました。
復職率をより細かくがん部位別に見た場合、胃がんサバイバーでは42.9〜93.3%、小 腸・大腸がんサバイバーでは70.1〜84.2%、女性生殖器(子宮・卵巣)がんサバイバーでは55.6 〜95.2%、乳がんサバイバーでは45.0〜89.7% でした。
この結果だけ見ると復職率は比較的高い印象ですが、いくつかのバイアスによって高く見えてしまっているのかもしれません。
①死亡した患者さんが除外されている、②ステージや治療内容が不明、③復職の定義が一定していない(パートタイマーなど)のバイアスによって高くなっている可能性があることに注意が必要です。
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就労の有無別にみたがんサバイバーの抑うつ症状の有病率
抑うつ症状はがんサバイバーによくみられる健康障害です。
Brandenbarg らのシステマテ ィックレビューによれば、診断後5年以上経過したがんサバイバーの約2割に抑うつ症状があ るとされています。
そこで、復職して社会復帰を果たすことによって精神的な安定がもたらされて、抑うつ症状が改善するという期待を持っている方も少なくありません。
Ota A, Kawada K, Tsutsumi A, Yatsuya H: Cross-sectional association between working and depression prevalence in cancer survivors: a literature review. Environ Occup Health Practice. 2(1): eohp.2020- 0006-RA. 2020.
こちらの図は、就労しているがんサバイバー(がんサバイバー労働者)と就労していないがんサバイバーの間で抑うつ症状の有病率が異なるかを調べた研究のレビューの結果です。
結論としては、がんサバイバー労働者の方が就労していないがんサ バイバーよりも抑うつ症状の有病率が低いとは一概に言い難かったようです。
乳がんサバイバー労働者の抑うつ症状有病率は2.7~53.8% と大きく異 なっていました。
がんサバイバー労働者の方が就労していないがんサバイバーよりも抑うつ症状有 病率が有意に低いと報告した論文は1編だけで、他の3編では、就労の有無による乳が んサバイバーの抑うつ症状有病率の差はみられませんでした。
肝細胞がんサバイバーを対象とした 日本の研究においては、抑うつ症状有病率はがんサバイバー労働者では12%、就労していない がんサバイバーでは39%と有意な差がありました。
ホジキンリンパ腫がん患者を対象とした論文に おいて抑うつ症状有病率は、がんサバイバー労働者では4%、就労していないがんサバイバーでは22%と有意な差がありました。
がんサバイバーの就労と抑うつが関係するといった論文は認められましたが、論文数が少ないため、その関係性は強くは言えないようです。
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がんサバイバー労働者とがんの既往のない労働者の心身の健康状態の比較
がんサバイバーを対象とした先行研究においては、就労していないがんサバイバーに比べて、がんサバイバー労働者は主観的不健康、身体的機能の低下、抑うつ症状を訴える割合が低いことが報告されています。
しかし、がんサバイバー労働者の主観的不健康、身体的機能の低下、抑うつ症状、幸福感を訴える割合が、がん既往のない労働者と異なるかについては報告が少なく不明となっていました。
Ota A, Li Y, Yatsuya H, et al: Working cancer survivors’ physical and mental characteristics compared to cancer-free workers in Japan: a nationwide general population-based study. J Cancer Surviv. 2021; 15(6): 912-921
こちらの図はがんサバイバー労働者の主観的健康感、身体的機能の低下、抑うつ症状および幸福感を、がん既往のない労働者と比較した結果です。
対象は40~65歳の男性28,311人、女性26,068人の大規模調査となっています。
結論としては、男女とも、がんサバイバー労働者はがん既往のない労働者に比べて主観的健康感が悪い者と身体的機能の低下がある者の割合が有意に高いという結果になっていました。
主観的健康感が悪いと答えた割合 は、男性ではがんサバイバー労働者では21.3%、がん既往のない労働者では13.8%でした。女性のがんサバイバー 労働者では23.8%、がん既往のない労働者では17.5%でした。
身体的機能が悪いと答えた割合は、男性のがんサバ イバー労働者では6.8%、がん既往のない労働者では2.6%でした。女性のがんサバイバー労働者では4.9%、がん既 往のない労働者では2.0% でした。
一方で、がん既往の有無は抑うつや幸福感には関連は少なかったようです。
今回の研究では対象者のがんの部位、がん診断時のステージ、受けたがん治療の種類やがんを罹患してからどれくらい経過しているかを詳細に考慮した分析はできていないので、それによってバイアスがかかっている可能性には注意が必要です。
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まとめ
がんサバイバーが治療と仕事を両立させ、心身の健康を維持・増進しながら就労を実現することが今後さらに増えていくと考えられています。
復職することはがんサバイバー本人にとっても、支援する産業保健専門職にとっても達成感が得られる大きなイベントですが、復職することがゴールではありません。
健康に働いているように見えるがんサバイバー労働者が抑うつ状態、主観的健康感の低下、身体的機能の低下といった問題を抱えていることは少なくないと思われますので、復職後も産業保健専門職が、がんサバイバー労働者の健康の維持・増進につながる支援を継続して行うことが求められます。
・日本のがんサバイバーの復職率が53.8〜95.2% と報告されている。。
・がんサバイバー労働者の方が就労していないがんサ バイバーよりも抑うつ症状の有病率が低いとは一概に言い難い。
・男女とも、がんサバイバー労働者はがん既往のない労働者に比べて主観的健康感が悪い者と身体的機能の低下がある者の割合が有意に高かった。
・復職後も産業保健専門職が、がんサバイバー労働者の健康の維持・増進につながる支援を継続して行うことが必要である。
このブログは、ガイドラインや論文などの根拠をもとに情報を発信していく予定です。
しかし、がんの病態や治療方法によっては、お読みになっているがん患者さんにはその情報が当てはまらない場合もあります。
記事の内容を参考に新しく何かを始める場合には、担当の医師や医療従事者にご確認いただくようお願いいたします。
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