以前はがん患者でも整形外科疾患やロコモを合併しやすいことを紹介しました。
そのため、がん患者さんはがんの手術だけでなく、骨折などの整形外科疾患の手術を経験してしまうことも少なくありません。
手術後の運転再開は、日常生活を取り戻す上で重要なステップの一つですが、安全に行うためにはいくつかのポイントを押さえておく必要があります。
「いつから運転できるの?」という疑問に、最新の研究に基づいてお答えするとともに、安全に運転を再開するための目安や注意点をご紹介します。
•運転再開の推奨時期
・股関節手術: 4.1週 (± 2.7)
・足部手術: 6.67週 (± 0.94)
・アキレス腱手術: 6.67週 (± 0.25)
・足関節手術: 4週 (± 2)
・膝手術: 5.42週 (± 0.77)
・複数の下肢手術: 3.85週 (± 0.15)
手術・疾患ごとの自動車運転の開始時期(あくまで目安です)
股関節全置換術(THA)
股関節全置換術後の運転再開時期については、多くの研究が行われています。
(Venugopal et al., , 2024)の系統的レビューによると、THA後の平均的な運転再開推奨時期は4.1週間(±2.7週間)と報告されています。
(Patel et al., 2021)の系統的レビューとメタアナリシスでは、複数の研究を統合した結果、THA後の運転再開の平均は同様に報告されています。
ただし、(Dugdale et al., , 2021)の研究では、運転再開時期は患者さんの左右の術側、性別、術後の自信、快適さ、そして医師からのアドバイスによって有意に異なることが示唆されています。

膝関節全置換術(TKA)
膝関節全置換後の運転再開の判断には、ブレーキ反応時間の回復が重要な要素となります。
(Kirschbaum et al.,, 2021)の研究では、TKA手術後5日目にはブレーキペダルを踏む力が術前に比べて有意に低下し、ブレーキ反応時間も延長する傾向が認められました。
しかし、術後3〜4週間でブレーキ反応時間は術前のレベルに近づき、6週間後にはほとんどの患者さんで回復していると報告されています。
(Venugopal et al., 2024)のレビューでは、TKA後の平均運転再開推奨時期は5.42週間(±0.77週間)**とされています。

脊椎手術
脊椎手術後の運転再開時期に関する明確なガイドラインは、現在のところ確立されていません。
(Wang et al., 2025)によると、術後の疼痛管理に使用される薬剤、特にオピオイド系鎮痛薬や神経障害性疼痛治療薬であるガバペンチンなどは、眠気や協調性の低下を引き起こし、運転能力に悪影響を及ぼす可能性があるため、注意が必要です。
一方で、(Ding et al., 2023)の研究では、頸椎前方固定術を受けた患者さんの場合、術後6週間で安全に運転を再開できる可能性が示唆されています。

肩関節手術(腱板修復術、肩関節置換術など)
肩関節の手術後の運転再開時期は、手術の種類によって異なります。
(Badger et al., 2022)の研究では、腱板修復術を受けた患者さんの多くが、術後2週間で安全に運転を再開できることが示唆されています。
**肩関節置換術(人工肩関節全置換術、リバース型人工肩関節全置換術)**後の運転能力の変化を調査した研究(Hasan et al., 2016)では、術後の経過とともに運転操作が改善する傾向が報告されています。
ただし、(DeBernardis et al., 2023)の研究によると、**解剖学的人工肩関節全置換術(aTSA)とリバース型人工肩関節全置換術(RTSA)**では、術後の回復過程や運転再開時期に違いが見られる可能性があります。
早期の運転再開は術後2週間以内、遅延した運転再開は術後6週間以上と差があった。その要因は術後の麻薬性鎮痛薬の使用期間、年齢、BMIなどが挙げられている。

手や足の外科手術
手の外科手術後の運転再開時期に関する研究(Hammert et al., 2012)では、多くの患者さんが比較的早期に運転を再開できると感じています。
しかし、手術内容や術後の疼痛、腫れ、固定具の使用などによって大きく左右されます。
足の手術後の運転再開時期については、(Venugopal et al., 2024)のレビューによると、足の手術後の平均運転再開推奨時期は6.67週間(±0.94週間)、足関節の手術後では**4週間(±2週間)**とされています。
第一中足骨骨切り術後のブレーキ反応時間を調べた研究(Holt et al., 2008)では、術後の回復に伴いブレーキ反応時間が改善することが示されています。
ギプスや装具を装着している場合は、ブレーキ反応時間に影響が出る可能性があるため注意が必要です(Orr et al., 2010)。


膝前十字靭帯再建術(ACL-R)後
システマティックレビュー(Venugopal et al., 2024 )によると、4件の研究がブレーキ反応時間(BRT)を評価していました 。
移植腱の種類によって運転再開までの期間に違いが見られる可能性が示唆されており、自家腱移植では平均10日(範囲1-57日)、同種移植では平均6.5日(範囲1-20日)でした 。
運転開始に関する評価とチェックポイント
安全に運転を再開するためには、以下のポイントを確認しましょう。
医師の許可:
運転再開前に必ず主治医に相談し、許可を得ることが最も重要です(Hibberd et al., , 2023)。
疼痛のコントロール
運転中に強い痛みがない状態であること。
鎮痛薬を服用している場合は、眠気や集中力の低下などの副作用がないことを確認しましょう(Hetland & Carr, 2014)。
特にオピオイド系鎮痛薬は運転能力に重大な影響を与える可能性があります(Cameron-Burr et al., 2021)。
関節の可動域と筋力
ブレーキ、アクセル、ハンドルなどの操作に必要な関節の可動域と筋力が十分に回復していること。特に、手術を受けた側の手足の反応速度や操作の正確性が重要です。
ブレーキ反応時間
下肢の手術を受けた場合は、緊急時に素早くブレーキを踏むことができるかを確認しましょう。
(van der Velden et al.,, 2017)のメタアナリシスでも、術後のブレーキ反応時間の回復が運転再開の重要な指標であることが強調されています。
装具の有無:
ギプスやサポーターなどの装具を装着している場合は、運転操作に支障がないか、安全に操作できるかを確認してください(Gregory et al., 2009)。
模擬運転
患者自身が手術後の身体の状態を把握し、運転に必要な能力が回復しているかを判断する上で重要な手段となります。特に、以下のような点を確認することをお勧めします。
•ブレーキ、アクセルペダルをスムーズかつ正確に踏み込めるか。
•ハンドルを適切に操作できるか。
•緊急時に素早くブレーキを踏むことができるか。
•周囲の状況を適切に判断し、安全に運転できるか。
運転における注意点
運転再開後も、安全運転を心がけることは非常に重要です。
手術後の回復状況は個人差が大きいため、以下の点に注意し、ご自身のペースで運転を再開しましょう。
最初は短距離から
運転再開直後は、短い距離から運転を始め、徐々に運転距離を延ばしていくことをお勧めします。
これにより、手術部位への負担を軽減し、運転に必要な動作や集中力を少しずつ取り戻すことができます。
交通量の少ない時間帯
運転に慣れるまでは、交通量の少ない時間帯や道路状況の良い場所を選ぶようにしましょう。
これにより、予期せぬ事態への対応がしやすくなり、精神的な負担も軽減されます。
こまめな休憩
長時間運転は避け、適度に休憩を取り、疲労による集中力の低下を防ぎましょう。
特に、術後には鎮痛薬を服用している場合があり、眠気や判断力の低下を招く可能性があるため、注意が必要です(Hetland & Carr, 2014)。
疼痛も集中力を妨げる要因となるため、無理のない範囲で運転しましょう。
緊急時の対応
緊急時に安全に車両を停止できる自信があることが重要です。
特に、下肢の手術後では、ブレーキペダルを迅速かつ十分に踏み込む能力が回復しているかを確認することが不可欠です。
膝関節全置換術後の研究では、術後5日目にブレーキペダル力(BPF)が有意に低下することが示されています [Kirschbaum et al., , 2021 ]。
術後6週間でBPFは術前のベースラインレベルまで回復すると報告されていますが 、個人差があるため、模擬運転などで緊急ブレーキ操作を安全に試してみることを強くお勧めします。
股関節全置換術後や前十字靭帯再建術後においても、ブレーキ反応時間(BRT)の遅延が報告されている研究があり [Nguyen et al., 2000, Patel et al.,, 2021, Ruel et al., 2015, Wasserman et al.,2017]、手術を受けた側の反応速度や操作の正確性を慎重に確認する必要があります。
ギプスや装具を装着している場合は、さらにブレーキ反応時間が遅れる可能性が示唆されています [Orr et al., 2010]。
おわりに
整形外科手術後の自動車運転再開は、生活の質(QOL)を向上させる上で非常に重要です。
しかし、安全を第一に考え、主治医や理学療法士などの医療専門家と連携しながら、ご自身の回復状況に合わせて慎重に判断することが大切です。
焦らず、段階的に運転を再開していくようにしましょう。
•運転再開の推奨時期
・股関節手術: 4.1週 (± 2.7)
・足部手術: 6.67週 (± 0.94)
・アキレス腱手術: 6.67週 (± 0.25)
・足関節手術: 4週 (± 2)
・膝手術: 5.42週 (± 0.77)
・複数の下肢手術: 3.85週 (± 0.15)
このブログは、ガイドラインや論文などの根拠をもとに情報を発信していく予定です。
しかし、がんの病態や治療方法によっては、お読みになっているがん患者さんにはその情報が当てはまらない場合もあります。
記事の内容を参考に新しく何かを始める場合には、担当の医師や医療従事者にご確認いただくようお願いいたします。
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